2ntブログ
常に暇を持て余してる☆★Cana★☆持て余してるが日々のアレやコレやを書き綴ってみたり、色んな事に対して感想を述べてみたりする様な基本的に暇つぶし兼、愚痴の場みたいな感じですwww

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

SMAP

SMAP(スマップ)は、ジャニーズ事務所所属のアイドルグループ。所属レコード会社はビクターエンタテインメント。1988年4月結成。1991年1月1日に日本武道館で最初のコンサートを行い、同年9月9日、「Can't Stop!! -LOVING-」でCDデビュー。

目次 [非表示]
1 メンバー
2 グループ名
3 グループの歴史
4 NHK紅白歌合戦出場歴
5 エピソード
6 記録
7 CD売り上げ
7.1 シングル
7.2 アルバム
8 作品
8.1 CDシングル
8.1.1 「音松くん」名義のシングル
8.1.2 SHOP限定シングル
8.1.3 ダウンロード限定曲
8.1.4 発売予定だったシングル
8.2 CDアルバム
8.2.1 オリジナルアルバム
8.2.2 ベストアルバム
8.2.3 リミックスアルバム
8.2.4 ミニアルバム
8.3 写真集
8.4 映像作品
8.4.1 音楽
8.4.1.1 PVについて
8.4.2 音楽以外
8.4.2.1 その他
8.4.2.2 発売予定だったVHS
9 期間限定ショップ
10 出演
10.1 バラエティ番組
10.2 スペシャル番組
10.3 テレビドラマ
10.4 ラジオ番組
10.5 映画
10.6 舞台
10.7 コンサート
10.8 CM
10.9 握手会
11 スケートボーイズ (前身)
11.1 メンバー
11.2 備考
12 関連項目
13 脚注
14 外部リンク


メンバー [編集]
現在
中居正広(なかい まさひろ、1972年8月18日、A型・神奈川県出身)
木村拓哉(きむら たくや、1972年11月13日、O型・東京都出身)
稲垣吾郎(いながき ごろう、1973年12月8日、O型・東京都出身)
草剛(くさなぎ つよし、1974年7月9日、A型・愛媛県出身)
香取慎吾(かとり しんご、1977年1月31日、A型・神奈川県出身)
脱退
森且行(もり かつゆき、1974年2月19日、B型・東京都出身、1996年脱退(退所))
グループ名 [編集]
グループ名は、事務所の社長・ジャニー喜多川による命名。 「Sports Music Assemble People」の頭文字から取られた。前身であるスケートボーイズ(後述)のキャッチコピーでもあった。

光GENJIのGENJIメンバーである佐藤寛之ならびに佐藤敦啓のS、諸星和己のM、赤坂晃のA、そして山本淳一の愛称「バンジー」を社長がずっと「パンジー」と思い違いしていたためにPとなった。この件については、1989年に『週刊マーガレット』誌上にて連載されたSMAPが主人公の漫画「SMAPに夢中」の第1話でのインタビューにて、SMAPのメンバー自身が答えている。また、『週刊女性』2004年11月9日号に掲載されていた「元ジャニーズ事務所メンバー座談会」にて、山本淳一自身も説明している。

グループの歴史 [編集]
1988年4月スケートボーイズの中からグループ結成。結成当時の年齢はそれぞれ中居15歳、木村15歳、稲垣14歳、森14歳、草13歳、香取11歳。CDデビューまでのJr.内グループ期間が3年以上に渡り、その間アイドル番組やドラマ、舞台などに出演し、小中高生の間でアイドルとしての人気を確保していった。

1991年9月9日待望のデビュー。当然のことながら当時SMAPを知っていたのは若い学生が中心であり、一般認識は低かった。

しかしデビュー半年後の1992年4月、当時若者に絶大な人気を誇ったフジテレビの通称「Panasonic枠」にて、『夢で逢えたら』の後番組として開始した『夢がMORIMORI』へのレギュラー出演が決定したことが、彼らの転機となる。この番組への出演は、ジャニーズ事務所の社長並びに副社長がフジテレビの佐藤プロデューサーに頼み込むも当初何度も断られていた。最後の最後にメリー副社長が「彼らを一度見てくれ」と言って佐藤P(当時)と吉田D(当時)を連れて舞台を見せ、本人たちを会わせて何とか社内で協議するとこまでこぎつけた。このことをフジに持ち帰った佐藤が、当時自班に新人アイドルSMAPの起用を問うたところ、若手Dだった荒井が「僕にやらせてください」と申し出たことで話が動いたのである。この番組でSMAPは知名度と人気を獲得していく。

1996年、森が子供のころから憧れていたオートレースの選手になるためにグループを脱退(脱退時22歳で、オートレースの養成学校に入れるのは23歳が上限であるため)。この年はSMAP×SMAPの開始と並行して、4-6月期に木村主演のロングバケーションが高い視聴率を取った事から人気が上昇し、ドラマ、バラエティ、コンサート、と多方面で活躍し始めた。

2001年8月24日、稲垣が東京都渋谷区の路上に車を止めていたところ、駐車違反取り締まりの警察官の足にバンパーを接触させる事故を起こし、公務執行妨害および傷害罪ならびに道路交通法違反の現行犯で逮捕された。このときマスメディア各社は、当初稲垣「容疑者」としていた呼称を、釈放後は稲垣「メンバー」という珍しい呼称を用いて報道していた。しかし事件の経緯に悪質さは見られず、道路交通法違反については反則金を納付し、稲垣本人に逃亡の意思はなかったという東京地検の判断により、公務執行妨害と傷害については起訴猶予となった。翌月には稲垣本人による謝罪会見も行われた。

同年の9月9日CDデビュー10周年を迎えたが、4人だけで10周年を迎えざるを得なくなり、稲垣の顔がプリントされたTシャツを着たり、番組中に稲垣の名前を呼び掛けるなどメンバーは「SMAPは5人で必ず戻ってくる」ということをアピールした。さらに同年の『第52回NHK紅白歌合戦』は当初は出場候補に挙げられていたものの、稲垣が出場不可の為、4人だけでの出場を拒み出場を辞退している。5か月余りの謹慎後、翌年1月14日に稲垣は『SMAP×SMAP』の緊急生放送で復帰した。

2003年、『僕の生きる道』の主題歌にアルバム『Drink! Smap!』に収録された「世界に一つだけの花」が起用される。ドラマ人気と相まってこの歌も注目をあび、急遽シングルカットを行い、250万枚を超える大ヒットとなった。『第54回NHK紅白歌合戦』ではグループとしては史上初、ポップス歌手としては25年ぶりに大トリを務めた。

2004年、この年は「年内にシングルを1枚も出していない」ということを理由に『第55回NHK紅白歌合戦』の出場を辞退し、これが2度目の出場辞退となった。また、香取が連続ドラマに出演しており、他のメンバーとスケジュールが合うのが『SMAP×SMAP』の収録日だけという状況だったため、この年はコンサートツアーはなかった(SMAPのメンバーの大河出演自体は1993年の『炎立つ』第一部における稲垣の出演という形で行われていたものの、通年作品ではなかったため特に問題とはならなかった)。

2005年、2年ぶりにコンサートツアーを行い、7月30日の札幌ドームを皮切りにアーティストの単独公演としては初の国立霞ヶ丘陸上競技場でコンサートを行ったとして話題になった。ツアー開始に合わせ、シングル「BANG!BANG!バカンス!」とアルバム『SAMPLE BANG!』を同時発売し、発売当日でシングル、アルバム共にランキング初登場1位を記録し、3人組以上のグループの同じアーティストが同日発売のシングル・アルバムで同時に1位を記録するのは1993年のWANDS以来12年ぶりの快挙であった。『SMAP×SMAP』のBISTRO SMAPコーナーに宇宙飛行士の毛利衛・野口聡一が出演し、この時の勝者(稲垣・香取ペア)の料理と野口が希望し草が作ったカレーが、野口聡一と共にスペースシャトル「ディスカバリー」に乗り込んだ。

5年ごとの節目に大きな出来事が起こるというジンクスがある。1991年のファーストコンサートに香取が骨折しコンサートに参加できなかったことに始まり、デビュー5周年の1996年には森の脱退、10周年の2001年には前述の稲垣の不祥事、15周年の2006年には草・香取のインフルエンザ、木村の副鼻腔炎、中居のはやり目、肋骨の疲労骨折、肉離れという災難が起こっている。これについて香取は「20周年(2011年)はツヨポン、突き指」とネタにしていたが、2006年から3年後の2009年に草の不祥事が起こった。

2007年1月18日に、文化庁が日本PTA全国協議会とともに主催し、公募していた「親子で歌いつごう 日本の歌百選」の中に、「世界に一つだけの花」が選ばれた。

2008年4月で、グループ結成20周年を迎えた。

2009年4月23日、草が酒に酔って公然わいせつ罪で現行犯逮捕。メンバーの逮捕は稲垣以来二人目。草以外のメンバー主演のドラマおよび出演しているバラエティにおいては予定通り放送された。なお、逮捕直後は稲垣同様「容疑者」と呼ばれていたが、「メンバー」と言い換えられた稲垣とは異なり、釈放後は「草剛さん」と通常通りの敬称になった。その後、本人の謝罪会見があり、後日、犯行自体が軽微で、本人の反省と社会的制裁を受けているとし、起訴猶予となった。5月28日から芸能活動の再開が発表され、5月29日の『森田一義アワー 笑っていいとも!』でテレビ復帰。6月1日の『SMAP×SMAP』に5人揃ったSMAPが約1ヶ月ぶりに集合した。

2009年は、2001年以来8年ぶりにメンバー全員が、連続ドラマレギュラー出演を果たした。

NHK紅白歌合戦出場歴 [編集]
年度 放送回 回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1991年(平成3年) 第42回 1 Can't Stop!! -LOVING- 2/28 工藤静香
1992年(平成4年) 第43回 2 雪が降ってきた 1/28 森口博子(1) トップバッター
1993年(平成5年) 第44回 3 $10 2/26 西田ひかる
1994年(平成6年) 第45回 4 がんばりましょう 6/25 森口博子(2)
1995年(平成7年) 第46回 5 胸騒ぎ '96 8/25 森高千里
1996年(平成8年) 第47回 6 SHAKE 11/25 安室奈美恵(1)
1997年(平成9年) 第48回 7 ダイナマイトセロリ! 11/25 華原朋美
1998年(平成10年) 第49回 8 夜空ノムコウ 23/25 天童よしみ(1)
1999年(平成11年) 第50回 9 Fly 16/27 安室奈美恵(2)
2000年(平成12年) 第51回 10 らいおんハート 26/28 安室奈美恵(3)
2002年(平成14年) 第53回 11 freebird '02 22/27 中島美嘉
2003年(平成15年) 第54回 12 世界に一つだけの花 30/30 天童よしみ(2) 大トリ(1)
2005年(平成17年) 第56回 13 Triangle 29/29 天童よしみ(3) 大トリ(2)
2006年(平成18年) 第57回 14 ありがとう 26/27 DREAMS COME TRUE(1) トリ前
2007年(平成19年) 第58回 15 弾丸ファイター 紅白SP 25/27 DREAMS COME TRUE(2)
2008年(平成20年) 第59回 16 この瞬間、きっと夢じゃない 紅白SP 24/26 石川さゆり
2009年(平成21年) 第60回 17 (選考中) /25

『NHK紅白歌合戦』には、1991年より、ほぼ毎年出場し、リーダーの中居が1997年、1998年、2006年、2008年、2009年は白組司会、2007年は紅組司会として司会も務めた。2003年と2005年は大トリで歌い、2007年では予定されていた楽曲が全て終了した後の特別なコーナーで、隠れ大トリとして幕を閉めた。なお、2001年は「(稲垣が謹慎中で)5人で出演できないため」、2004年は先述のように「新曲を発表していない」との理由で、出場を辞退している。
エピソード [編集]
今でこそ出す曲はすべて首位に上りつめるほどにもなったが、デビュー当時はCDの売り上げが芳しくなく、3作目の時に全員事務所に呼び出され、「お前らはなぜ売れないんだ」と叱られ、特にリーダーの中居が叱られた[1]。12作目の「Hey Hey おおきに毎度あり」で初めてオリコン一位を達成し、それ以後はヒット作品を連発している。
当時、光GENJIのコンサートにゲスト出演した際、MCが全く受けず、ジャニー喜多川から「You Die(お前らは終わりだ)」と言われた[2]。
2002年に発売されたSMAPのアルバム『Drink! Smap!』と同名の清涼飲料水が2002年7月23日に発売された。以下、Drink! Smap!項参照。
SMAPメンバーはほとんど事務所に行ったことがない。
90年代後半からSMAP人気は爆発的に盛り上がり、数多くの「社会現象」を引き起こした。その理由から糸井重里はSMAPを「現代のビートルズ」と評した。
連ドラの出演は現在フジテレビとTBSがメインになっている。日本テレビでの連ドラ出演は草主演の『フードファイト』以降途絶えている。
メンバーが主演するドラマにおいてSMAPの曲が起用されるのは草主演のドラマが多く、それ以外のメンバー主演のドラマで起用されることは稀である(草がSMAPの曲を好んでいるため。ただし、近年の木村主演の場合は洋楽を主題歌として使う)。なお、事務所所属のアーティストの楽曲もあまり起用されない。
『NHK紅白歌合戦』にジャニーズ事務所から出演しているのは、2008年まではSMAPとTOKIOのみであった。その関係でSMAPはジャニーズカウントダウンライブには出演していない。
事務所の後輩とテレビ番組での共演はあまりないが、『ミュージックステーション』などでは稀に共演することがあり、近年では個人がドラマでKAT-TUNやHey!Say!JUMPのメンバーと共演することもある。
俳優の山本耕史、谷原章介、小日向文世などはメンバー全員とドラマで共演しており、それ以外にもメンバーと共演する俳優は大抵固定されることが多い(大体が個性派の脇役俳優やメンバーと親しくなった俳優がほとんどである)。
デビューして間もない頃、明治大学の文化祭に出演している。ジャニーズ事務所の人間が学園祭に出演するというのは史上初(2007年11月4日放送回『笑っていいとも!増刊号』で放送された後説で香取が語るが、本人は覚えておらず、客席にいた女性に教えてもらって知った。その時に、控え室が教室であったことや、小さな体育館で歌ったりしたことを、うっすらと思い出していた。
記録 [編集]
通算TOP10獲得作品数(B'z、浜崎あゆみと並ぶ1位タイ)
連続TOP10獲得作品数
デビューからの連続TOP10獲得作品数
連続TOP10獲得年数(B'zと並ぶ1位タイ)- シングルTOP10部門の4冠達成はオリコン史上初
『NHK紅白歌合戦』の出場者の中では唯一、大トリとトップバッターを経験しているグループである。(2008年現在)
CD売り上げ [編集]
シングル [編集]
順位 タイトル 順位 タイトル
1 世界に一つだけの花 6 俺たちに明日はある
2 夜空ノムコウ 7 セロリ
3 らいおんハート 8 ダイナマイト
4 SHAKE 9 がんばりましょう
5 青いイナズマ 10 たぶんオーライ

「世界に一つだけの花」はダブルミリオン。「夜空ノムコウ」・「らいおんハート」はミリオンヒットを記録している。なお「freebird」以降のシングルは全て初登場1位を記録している。

アルバム [編集]
順位 タイトル 順位 タイトル
1 Smap Vest 6 SMAP 007〜Gold Singer〜
2 Cool 7 SMAP 011 ス
3 WOOL 8 SMAP 016/MIJ
4 SMAP 015/Drink! Smap! 9 Pop Up! SMAP
5 SMAP 008 TACOMAX 10 SMAP 012 VIVA AMIGOS!

『Smap Vest』はミリオンを記録している。

作品 [編集]
「夜空ノムコウ」、「らいおんハート」、『Smap Vest』がオリコン上でミリオンヒット。
「世界に一つだけの花(シングル・ヴァージョン)」がオリコンでダブルミリオンヒット、歴代シングルチャート9位。
DVD『SMAPとイッちゃった! SMAP SAMPLE TOUR 2005』が音楽DVDの初動売上歴代1位(オリコン)。
CDシングル [編集]
1999年の「Fly」まで8cmシングル、2000年の「Let It Be」からマキシシングルとなっている。またタイアップに関してはこちらを参照。

Can't Stop!! -LOVING-(1991年9月9日)
正義の味方はあてにならない(1991年12月6日)
心の鏡(1992年3月18日)
負けるなBaby! 〜Never give up(1992年7月8日)
笑顔のゲンキ(1992年11月11日)
雪が降ってきた(1992年12月12日)
ずっと忘れない(1993年3月3日)
はじめての夏(1993年6月6日)
君は君だよ(1993年9月9日)
$10(1993年11月11日)
君色思い(1994年1月1日)
Hey Hey おおきに毎度あり(1994年3月12日)
オリジナル スマイル(1994年6月6日)
がんばりましょう(1994年9月9日)
たぶんオーライ(1994年12月21日)
KANSHAして(1995年3月3日)
しようよ(1995年6月6日)
どんないいこと(1995年9月9日)
俺たちに明日はある(1995年11月11日)
胸さわぎを頼むよ(1996年2月2日)
はだかの王様 〜シブトク つよく〜(1996年5月5日)
青いイナズマ(1996年7月15日)
SHAKE(1996年11月18日)
ダイナマイト(1997年2月26日)
セロリ(1997年5月14日)
Peace!(1997年9月26日)
夜空ノムコウ(1998年1月14日)
たいせつ(1998年5月8日)
朝日を見に行こうよ(1999年1月27日)
Fly(1999年6月23日)
Let It Be(2000年2月9日)
らいおんハート(2000年8月30日)
Smac(2001年7月28日)
freebird(2002年5月15日)
世界に一つだけの花(シングル・ヴァージョン)(2003年3月5日)
友だちへ〜Say What You Will〜(2005年1月19日)
BANG! BANG! バカンス!(2005年7月27日)
Triangle(2005年11月23日)
Dear WOMAN(2006年4月19日)
ありがとう(2006年10月11日)
弾丸ファイター(2007年12月19日)
そのまま/White Message(2008年3月5日)
この瞬間、きっと夢じゃない(2008年8月13日)
そっと きゅっと/スーパースター★(2009年8月26日)
「音松くん」名義のシングル [編集]
スマイル戦士 音レンジャー(1992年10月10日)
SHOP限定シングル [編集]
HAPPY HAPPY SMAP(2007年12月2日 - 2008年1月7日)
MERRY HAPPY SMAP(2008年12月 - 2009年1月)
ダウンロード限定曲 [編集]
旅立ちの日に
発売予定だったシングル [編集]
ススメ! GOLD盤
CDアルバム [編集]
オリジナルアルバム [編集]
『001』から一貫してアルバムにナンバリングがされているが、『010』が映像作品(後述)のため、10枚目以降はナンバリングの数字と実際のアルバムの枚数が一致しない。

SMAP 001(1992年1月1日)
SMAP 002(1992年8月26日)
SMAP 003(1993年1月1日)
SMAP 004(1993年7月7日)
SMAP 005(1994年2月2日)
SMAP 006〜SEXY SIX〜(1994年7月7日)
SMAP 007〜Gold Singer〜(1995年7月7日)
SMAP 008 TACOMAX(1996年3月3日)
SMAP 009(1996年8月12日)
SMAP 011 ス(1997年8月6日)
SMAP 012 VIVA AMIGOS!(1998年6月18日)
BIRDMAN〜SMAP 013(1999年7月14日)
S map〜SMAP 014(2000年10月14日)
SMAP 015/Drink! Smap!(2002年7月24日)
SMAP 016/MIJ(2003年6月25日):2枚組
SAMPLE BANG!(2005年7月27日):3枚組
Pop Up! SMAP(2006年7月26日):2枚組
super.modern.artistic.performance(2008年9月24日):2枚組
ベストアルバム [編集]
Cool(1995年1月1日)
WOOL(1997年3月26日):2枚組
Smap Vest(2001年3月23日):2枚組
pamS (ウラスマ)(2001年8月8日)
リミックスアルバム [編集]
BOO(1995年11月22日):アナログ版でもリリース
ミニアルバム [編集]
La Festa(1998年8月26日)
写真集 [編集]
SMAPスーパー写真集 THE FIRST
SMAP写真集少年紀
SMAP YEAR BOOK 1993-1994
smap year book 1994-1995
Snap
映像作品 [編集]
音楽 [編集]
Hop Smap Jump!(VHS→1991年9月21日)
1992.1 SMAP 1st LIVE「やってきましたお正月!!」コンサート(VHS→1992年3月14日、DVD→2003年12月24日)
SEXY SIX SHOW(VHS→1994年11月11日、DVD→2003年12月24日)
SMAP 007 MOVIES〜Summer Minna Atsumare Party(VHS→1995年12月16日、DVD→2003年12月24日)
SMAP 010 "TEN"(VHS→1996年12月9日、DVD→2000年12月6日)
1997 SMAP LIVE ス(VHS・DVD→1997年12月17日)
SMAP LIVE AMIGOS!(VHS→1998年12月24日、DVD→2000年12月6日)
LIVE BIRDMAN(VHS→1999年12月22日、DVD→2000年1月1日)
LIVE S map(VHS・DVD→2001年3月14日)
LIVE pamS(VHS・DVD→2001年12月21日)
Clip! Smap!(VHS・DVD→2002年9月21日)
Smap! Tour! 2002!(VHS・DVD→2003年3月5日)
Live MIJ(VHS・DVD→2003年12月24日)
SMAPとイッちゃった! SMAP SAMPLE TOUR 2005(VHS・DVD→2005年12月14日)
Pop Up! SMAP LIVE! 思ったより飛んじゃいました! ツアー(VHS・DVD→2006年12月6日)
SMAP 2008 super.modern.artistic.performance tour(DVD→2008年12月17日)
PVについて [編集]
SMAPの楽曲でPVが制作されていながらビデオテープとDVDでソフト化されていないものとして、「Peace!」、「たいせつ」、「Let It Be」及び「友だちへ 〜Say What You Will〜」から「そっと きゅっと」までの9作を合わせて現在まで12作ある。前者の3作は制作済だったが、PV集「Clip! Smap!」に収録されなかった。ソロ作品も含めれば、慎吾ママ「慎吾ママのおはロック」、香取慎吾と倖田來未のデュエット曲「Everybody」(コンサート中にスクリーンにて上映された)もソフト化されていない。
音楽以外 [編集]
オリジナル・ストーリー 心の鏡(VHS→1992年3月14日、DVD→2003年12月24日)
SMAP VIDEO はじめての夏(VHS→1993年9月1日、DVD→2003年12月24日)
映画『シュート!』(VHS→1994年6月29日、DVD→2002年6月25日・2005年12月3日(期間限定盤)・2007年1月27日(期間限定盤))
ドラマ『僕が僕であるために』(VHS→1997年4月25日)
Smap Short Films(VHS・DVD→2001年8月8日)
世にも奇妙な物語 SMAPの特別編(VHS・DVD→2002年8月23日)
X'smap〜虎とライオンと五人の男〜(DVD→2005年11月30日)
その他 [編集]
ローソン限定 ジャニーズワールドSMAP編(1巻・3巻 - 7巻の計6本)
夢がMORI MORI Special Live
夢がMORI MORI Super Live
SMAP WINTER CONCERT 1995 - 1996(VHS→1996年)
発売予定だったVHS [編集]
『THE SECRET LIVE』(中居、草、香取で行われたコントライブ)
期間限定ショップ [編集]
SMAP SHOP
出演 [編集]
各メンバー単独出演は、それぞれの記事に記載(中居・木村・稲垣・草・香取・森)。

バラエティ番組 [編集]
いつみ・加トちゃんのWA-ッと集まれ!!(1988年、フジテレビ)
SMAPの初レギュラー番組。
歌のビッグファイト!(1989年、テレビ東京)
アイドル共和国(1989年 - 1991年、テレビ朝日)
ヤンヤンもぎたて族(1990年、テレビ東京)
SMAPの学園キッズ(1990年 - 1991年、テレビ東京)
満員御礼!学園キッズからタイトル変更した。
桜っ子クラブ(1991年 - 1994年、テレビ朝日)
愛ラブSMAP!(1991年 - 1996年、テレビ東京)
SMAPの学園キッズからリニューアルしタイトル変更した。
夢がMORIMORI(1992年 - 1995年、フジテレビ)
キスした?SMAP(1993年 - 1996年、朝日放送)
アイドルオンステージ(1993年 - 1997年、NHKBS2)
SMAPのがんばりましょう(1995年、フジテレビ)
マジカル頭脳パワー!!(1995年 - 1996年、日本テレビ)
BANG! BANG! BANG!(1996年、フジテレビ)
所ジョージ司会のスポーツバラエティー。
SMAP×SMAP(1996年 -、関西テレビ&フジテレビ)
スペシャル番組 [編集]
新春かくし芸大会(1990年 - 1995年、1997年 - 1999年、フジテレビ)
NHK紅白歌合戦(1991年 - 2000年、2002年、2003年、2005年 - NHK)
2003年、2005年は大トリ。2001年、2004年は出場辞退。中居は1997年、1998年、2006年、2008年、2009年に白組司会、2007年には紅組司会を務める。
歌手としての初出場は1991年であるが、1988年、1989年に光GENJIのバックダンサーとして出場している。
FNS番組対抗!なるほど!ザ・春秋の祭典スペシャル(1993年 - 1995年、フジテレビ)
夢がMORIMORIチームとして出場
FNS歌謡祭(1995年 - 2001年、2003年、2005年 - フジテレビ)
2001年は稲垣を除く4人で出演。草は2005年 - 2007年、2009年は黒木瞳と共に司会を務めた。2008年は札幌ドームから中継出演(草は司会は外れ、黒木の単独司会となった)。2005年以降はトップバッターとトリを両方共担当。
さんま&SMAP!美女と野獣のクリスマススペシャル(1995年 - 日本テレビ)
年に1回、クリスマス前に放送。1995年の第1回放送には森も出演していた。
24時間テレビ 「愛は地球を救う」(1995年、2005年、日本テレビ系列)
SMAP・TOKIO・KinKi Kids 最初で最後の勢揃いスペシャル(1995年、日本テレビ)
SMAP年越し(1995年 - 1997年、フジテレビ)
FNS超テレビの祭典(1996年、フジテレビ)
SMAP×SMAPチームとして出場
スーパーテレビ情報最前線 SMAPに密着120日(1996年、日本テレビ)
FAN SMAPスペシャル〜胸さわぎを頼むよ〜(1996年、日本テレビ)
FNSの日(27時間テレビ、26時間テレビ)(1998年 - 2000年、2004年、2006年、2007年、フジテレビ系列)
世界水泳モントリオール2005(2005年、テレビ朝日)
SMAPがんばりますっ!!(2009年、テレビ朝日)
フジテレビ開局50周年 名作ドラマ&映画全て見せます!SMAP PRESENTS ドラマの裏の本当のドラマ(2009年、フジテレビ)
テレビドラマ [編集]
あぶない少年III(1988年10月12日 - 1989年3月29日、テレビ東京)
SMAPのドラマデビュー作品で、メンバー6人がそれぞれ本名で出演。
もっと、ときめきを―ふたりまでの距離―(日本テレビ系、1992年)
僕が僕であるために(1997年1月3日放送、フジテレビ)
尾崎豊の名曲を主題歌に使用した、5人全員出演の単発スペシャルドラマ。
古畑任三郎スペシャル「古畑任三郎 vs SMAP」 (フジテレビ系、1999年1月3日放送)
メンバー5人でSMAPそのものとして出演。古畑史上最高のエポックメイキング的出来事となった。ちなみに木村は2回目の出演(木村以外に古畑任三郎の犯人役にゲスト出演した者はいない)。本人役のゲスト出演者は古畑史上初(2006年1月の「古畑任三郎 FINAL」第2夜においてイチローが本人役で出演したため、唯一の本人役ゲストとはならなかった)。
2006年10月9日には「ドラマレジェンドスペシャル」第一弾として放送され、実質的に再放送であるにも関わらず視聴率22.7%を記録した。
世にも奇妙な物語 SMAPの特別編(2001年1月1日放送、フジテレビ)
メンバー1人1人が各話の主人公を演じる。
X'smap〜虎とライオンと五人の男〜(2004年12月25日放送、フジテレビ)
ラジオ番組 [編集]
POP・SMAP (1989年4月 - 、TBSラジオ)
Hi!SMAP (1989年10月21日 - 、文化放送)
SMAP's map (1990年10月 - 、文化放送)
STOP THE SMAP (1991年10月7日 - 、文化放送)
SMAPのオールナイトニッポン (1993年6月12日・第2部、2003年6月25日・第1部、ニッポン放送)
スクランブルSMAP (1993年 - 、TBSラジオ)【6人全員】→【森且行・香取慎吾】→【香取慎吾】
中居正広のオールナイトニッポン(ニッポン放送、1993年11月15日 - 1994年10月31日)【中居正広】
SMAPの天気予報 (1994年 - 、TOKYO FM)
木村拓哉のWhat's up SMAP (1995年1月 - 、TOKYO FM発JFN系列)【木村拓哉】
木村拓哉のミリオン・ナイツ (1995年3月21日、TOKYO FM)【木村拓哉】
WOO YAH SMAP (1995年 - 、NACK5)【中居正広】
森且行のSMAP IN THE HOUSE! (1995年、 - FM横浜)【森且行】
SMAP POWER SPLASH(一時期『SMAP POWER GROOVE』)(1995年4月 - 、bayfm)【草剛・香取慎吾】
中居正広のSome girl' SMAP (1995年7月1日 - 、ニッポン放送)【中居正広】
おはようSMAP!〜朝イチ天気 (1996年 - 、TOKYO FM)
SMAP&ジャニーズ スーパー電リク (1997年、TOKYO FM)
映画 [編集]
シュート! (1994年)
6人時代のSMAPが出演している。
舞台 [編集]
聖闘士星矢 (1991年8月15日 - 9月1日、青山劇場)
木村が海皇ポセイドンを、他の5人は青銅聖闘士を演じた。
ドラゴンクエスト (1992年、京都・南座)
ANOTHER~沈黙の島編・少年の島編 (1993年、天王洲・アートスフィア/京都・南座)
コンサート [編集]
1991年 SMAP FIRST CONCERT 1月1日 リハーサル中にバック転を練習していた香取が足を骨折。他の5人での公演となったが香取の強い希望で1曲のみ参加した。これ以降1996年まで、元日にコンサートを行なうことが恒例となった。
単発コンサート 1か所3公演
日本武道館
1991年 SPRING SMAP '91 3月24日 - 4月3日
ツアー 3か所3公演
横浜アリーナ、愛知厚生年金会館、大阪厚生年金会館
1992年 SMAP '92
「やってきましたお正月!!」 1月1日 - 1月7日 CDデビュー後の初ツアー。1月1日の東京公演は1日5回公演が行なわれたため、4回目ぐらいからメンバー何人かは足がつっていたという(Smastationで香取が発言)。
ツアー 3か所??公演
日本武道館、愛知厚生年金会館、大阪厚生年金会館
1992年 SPRING SMAP '92 3月21日 - 4月5日 初めて東名阪以外の地方で公演したツアー。東京公演は、追加公演として急遽決定した。
ツアー 6か所??公演
北海道厚生年金会館、宮城県民会館、かつしかシンフォニーヒルズ、京都会館、広島アステールプラザ、福岡市民会館
1992年 SMAP'92 SUMMER CONCERT
"負けるなBaby!" 8月26日 - 8月31日 東京公演はNHK衛星放送の特集番組枠内にて生中継された。また、現在でも語られる「名古屋ガラガラ事件」(客席の7割が空席だった)が起きた。
ツアー 3か所??公演
日本武道館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール
1992年 明治大学駿台祭SMAPライブ 11月2日 唯一の学園祭ライブ。この時期は、事務所の意向で他のタレントも学園祭等に多く出演しており、その一環として出演したもの。
学園祭 1か所1公演
明治大学
1993年 NEW YEAR CONCERT 1993 1月1日 - 1月8日
ツアー 3か所?公演
日本武道館、愛知厚生年金会館、大阪厚生年金会館
1993年 夢がMORI MORI Spring Concert 3月5日 『夢がMORIMORI』の企画にて行なわれたスペシャルコンサート。同番組から森口博子、森脇健児も出演。
イベント 1か所1公演
 
1993年 SPRING SMAP '93 3月21日 - 4月24日 「SPRING SMAP」というタイトルを使用したのは、このツアーが最後。
ツアー 9か所??公演
北海道厚生年金会館、仙台サンプラザ、大宮ソニックシティ、神奈川県民ホール、静岡市民文化会館、京都会館、神戸国際会館、広島アステールプラザ、福岡サンパレス
1994年 NEW YEAR CONCERT 1994 1月1日 - 1月7日 東京公演は1日6回公演を行なった。大阪城ホールは追加公演として行なわれた。
ツアー 4か所17公演
日本武道館、愛知厚生年金会館、大阪城ホール、大阪厚生年金会館
1994年 夢がMORIMORI Spring Concert '94 3月9日 『夢がMORIMORI』の企画にて行なわれたスペシャルコンサートの第2弾。前回と同じく森口博子、森脇健児も出演。
イベント 1か所1公演
中野サンプラザ
1994年 SPRING CONCERT 1994
"Hey Hey おおきに毎度あり" 4月30日 - 5月8日
ツアー 4か所??公演
東京厚生年金会館、横浜アリーナ、愛知厚生年金会館、大阪万博ホール
1994年 SEXY SIX SHOW 7月24日 - 8月30日 初の東名阪を交えた本格的な全国ツアー。
ツアー 13か所64公演
北海道厚生年金会館、仙台サンプラザ、群馬県民会館、日本武道館、新潟テルサ、石川厚生年金会館、名古屋市公会堂、京都南座、大阪厚生年金会館、広島メルパルクホール、福岡サンパレス、長崎市公会堂、鹿児島県文化センター
1995年 COOL JANUARY 1月1日 - 1月6日 ツアー初日の1月1日、日本武道館にて、SMAP初のベストアルバム『COOL』を同時リリースした。
ツアー 3か所??公演
日本武道館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール
1995年 ジャニーズワールドスペシャル
「COOL COOL SMAP '95」 1月29日 - 2月26日 当時ローソン限定で発売されていたビデオ「ビジュアルレコード ジャニーズワールド」に因んでの、ローソンの懸賞による無料コンサート。内容は1月のツアーとほぼ同じ。
イベント ?か所??公演
仙台サンプラザ、横浜アリーナ、大阪城ホール、日本武道館
1995年 COOL SPRING 3月31日 - 4月4日
ツアー 3か所??公演
日本武道館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール
1995年 SUMMER MINNA ATUMARE PARTY 7月26日 - 9月3日 自身初の野外公演、そして自身初・同事務所初の沖縄公演。このツアー以後「SMAPのチケットは取り難い」と言われるようになる。
ツアータイトルは"ATSUMARE"ではなく"ATUMARE"。
ツアー 18か所43公演
北海道厚生年金会館、青森市文化会館、岩手県民会館、仙台サンプラザ、群馬県民会館、大宮ソニックシティ、横浜アリーナ、新潟県民会館、金沢市観光会館、松本文化会館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、香川県民ホール、福岡サンパレス、長崎市公会堂、宮崎市民会館、鹿児島市民文化ホール、沖縄県総合運動公園陸上競技場
1995年 WINTER CONCERT 1995-1996 12月26日 - 1月14日 東京公演では、自身初・同事務所初のカウントダウンコンサートが行なわれた(なお、これ以降は行なわれていない)。
ツアー 3か所28公演
代々木ホワイトシアター、名古屋レインボーホール、大阪城ホール
1996年 SPRING CONCERT '96 3月22日 - 4月7日 冬のツアーの内容をそのままに、地方で開催された初のアリーナツアー。008のアルバムの曲が追加された。そして6人としては最後のツアーとなった。
ツアー 6か所12公演
札幌月寒グリーンドーム、盛岡市アイスアリーナ、浜松アリーナ、サンドーム福井、広島サンプラザ、福岡国際センター
1996年 超無限大翔 7月19日 - 8月24日 ツアータイトルの読み方は「ちょうむげんだいしょう」。
初のスタジアムツアー。森がこのツアーの前に脱退したため5人で行われた。当初沖縄を除く5ヶ所5公演の予定だったが、申し込みが殺到したため、各会場で1公演ずつ+沖縄公演の計6公演を追加。また福岡公演では1日2回公演を実施。沖縄公演では、興行元によるチケット収入の詐欺事件が起きた。
ツアー 6か所11公演
札幌・真駒内オープンスタジアム、仙台・国営みちのく杜の湖畔公園、東京ドーム、阪急西宮スタジアム、福岡ドーム 、沖縄・糸満市西崎陸上競技場
1997年 SMAP 1997 "ス" 〜スばらしい!ステキな!スゴイぞ!スーパースペシャルコンサート〜 7月15日 - 9月15日 この年より、ツアーは1年に1回となる。初めてコンサートにTV番組「SMAP×SMAP」のキャラクターが登場する演出を行った。後のコンサートの演出を方向付けるターニングポイントとなるツアーとなった。大阪公演ではめちゃイケのオファーシリーズの第1弾でナインティナインの岡村隆史がジャニーズJr.に混ざり踊りを踊っていた。中居のソロではダンサーとして踊っていた。
ツアー 9か所26公演
札幌・真駒内オープンスタジアム、山形市総合スポーツセンター、横浜スタジアム、石川県産業展示館4号館、長野エムウェーブ、ナゴヤドーム、大阪ドーム、広島グリーンアリーナ、福岡ドーム
1998年 CONCERT TOUR 1998
"VIVA AMIGOS!" 7月21日 - 10月1日 アスティとくしまで予定されていた徳島公演(4公演)が阿波踊りのイベントとダブルブッキングしていることが発覚し公演中止になる。
ツアー 8か所22公演
真駒内オープンスタジアム、仙台グランディ21総合体育館、東京ドーム、石川産業展示館4号館、ナゴヤドーム、大阪ドーム、広島グリーンアリーナ、福岡ドーム
1999年 SMAP 1999 TOUR "BIRDMAN" 7月24日 - 9月26日 ストーリー仕立てで作成されたプロモーションビデオが話題となり、そのストーリーコンセプトを元にステージの演出がなされた。
ツアー 7か所16公演
真駒内オープンスタジアム、秋田大館樹海ドーム、仙台・名取スポーツパーク、横浜スタジアム、ナゴヤドーム、大阪ドーム、福岡ドーム
2000年 SMAP '00
"S map Tour" (エスマップツアー) 10月14日 - 11月27日 この年のツアーは、通常とは異なり秋に開催され、これ以降のコンサートは1日の公演数は1回のみに統一された。1回の公演時間が3時間を超えるようになったのもこのツアーから。このツアー中に木村の結婚が発表され、会場だったさいたまスーパーアリーナで木村が会見を行った。
ツアー 8か所18公演
札幌コミュニティドーム、秋田大館樹海ドーム、シェルコムせんだい、さいたまスーパーアリーナ、東京ドーム、ナゴヤドーム、大阪ドーム、福岡ドーム
2001年 SMAP '01
"pamS Tour" (裏スマツアー) 7月28日 - 9月30日 デビュー10周年に行なわれたツアー。今まで発売した曲の中から、普段のコンサートでは歌わない曲も選曲された。しかし、稲垣吾郎が謹慎中のため、8月25日以降の公演は4人で行なった。
ツアー 9か所20公演
札幌ドーム、岩手・安比高原野外特設会場、東京ドーム、東京スタジアム、新潟・国営越後丘陵公園、ナゴヤドーム、大阪ドーム、広島・国営備北丘陵公園、福岡ドーム
2002年 SMAP '02 "Drink! Smap! Tour" 7月28日 - 11月3日 夏から秋にかけての長期にわたるツアーとなり、観客動員数も100万人を超えるようになった。日韓ワールドカップにちなみ、サッカーが行なわれるスタジアムを中心にツアーを展開。前年の名古屋公演より4人で行なったため、ツアーは名古屋から行なわれた。また、阪急西宮スタジアムは解体することが決まり、このスタジアムでのコンサートはSMAPが最後となった。大阪公演では、1997年に続き、ナインティナインの岡村が2回目の出演。これは「めちゃイケ」のオファー企画ではなく、メンバーにも知らされていなかった。
ツアー 12か所24公演
札幌ドーム、宮城スタジアム、東京ドーム、東京スタジアム、新潟スタジアム・ビッグスワン、静岡スタジアム・エコパ、ナゴヤドーム、大阪ドーム、阪急西宮スタジアム、広島ビッグアーチ、福岡ドーム
2003年 SMAP '03 "MIJ Tour" 7月5日 - 9月6日 香取慎吾の大河ドラマ出演の関係上、通常よりも公演数を少なくしたが、大阪の追加公演が決定し、2年連続で、観客動員数が100万人を超えた。初の横浜国際総合競技場にてコンサートを行なった。
ツアー 9か所21公演
札幌ドーム、宮城スタジアム、味の素スタジアム、横浜国際総合競技場、新潟スタジアム・ビッグスワン、豊田スタジアム、大阪ドーム、広島ビッグアーチ、福岡ドーム
2005年 SMAPとイク?SMAP SAMPLE TOUR FOR 62DAYS 7月30日 - 9月29日 単独アーティストとしては初の国立霞ヶ丘競技場でのコンサートを行なった。また、「今までSMAPのコンサートを観たことがない人にも来て欲しい」とのコンセプトを基に、「SAMPLEシート」を設定。MEN'Sシート(男性専用席)と、「初体験シート」(男性と女性のカップル)を発売した。観客として来場していた久本雅美による、指定席を無視してステージに近づく行為があった。
ツアー 7か所21公演
札幌ドーム、東京ドーム、国立霞ヶ丘競技場、日産スタジアム、ナゴヤドーム、大阪ドーム、福岡Yahoo!JAPANドーム
2006年 Pop up! SMAP―飛びます!トビだす!とびスマ?TOUR 7月30日 - 10月9日 首都圏でのドーム・スタジアム3か所8公演48万人動員は、史上最大規模。3D眼鏡を掛けると、映像に映ったメンバーが飛び出してくるという演出で、観客を驚かせた。前年同様「MEN'Sシート」と「カップルシート(初体験シートを名称変更)」が発売された。また、前年のツアーでは、新潟県中越地震以後にも関わらず、新潟公演が行なわれなかったため、メンバーの強い希望により、実現した。9月9日の国立霞ヶ丘競技場にてのライブでは、中居正広が左足の肉離れを起こすというアクシデント。9月28日の東京ドーム公演では、香取のソロコーナーに倖田來未がゲスト出演し、CDに収録されている、香取と倖田のデュエットが生で実現した(後日、香取も倖田のコンサートにゲスト出演した)。プライベートでライブに来ていた笑福亭鶴瓶に話題が振られ、スポットライトを当てられた鶴瓶は「助けて〜」と絶叫した(2007年8月6日放送『SMAP×SMAP』より)。
ツアー 8か所21公演
札幌ドーム、新潟スタジアム、東京ドーム、国立霞ヶ丘競技場、日産スタジアム、ナゴヤドーム、京セラドーム大阪、福岡Yahoo!JAPANドーム
2008年 SMAP 2008 super.modern.artistic.performance tour 9月24日 - 12月3日 前回ツアーから2年ぶりの公演となる。当時の日本人アーティスト最多の東京ドーム6公演を決行。観客動員数は80万人。初日のコンサート終盤、香取慎吾が深さ1.5メートルのくぼみに誤って転落し、右ひざ挫創(ざそう)及び打撲内出血で全治2週間と診断された。12月3日、札幌ドームでのツアー最終日には『FNS歌謡祭』で「Still U」の生中継が行われた。札幌生中継(Still U)では実は中居君が「僕の時だけ歓声をあげてねっ」と言ったため中居君が歌うところだけ異常にお客さんの声が大きかった。9/28公演ではHey! Say! JUMPも登場した。
ツアー 5か所16公演
札幌ドーム、東京ドーム、ナゴヤドーム、京セラドーム大阪、福岡Yahoo!JAPANドーム

CM [編集]
現在

TSUBAKI(資生堂、2006年 -)※楽曲のみ
ソフトバンクモバイル(ソフトバンクグループ、2009年)
過去

トンボ学生服(トンボ、1989年)
SMAP(飲料)(森永乳業、1989年)
おたっくす(FAX)(パナソニック、1991年、1992年)
スララ(ワープロ)(パナソニック、1992年)
イタリアーノ(アイス)、シリアルチョコレート、バケーション(ロッテ、1992年)
ででんのでん(電話機)(パナソニック、1993年)
ビッグコーン(ロッテ、1993年、1994年)
シュガーレスガム(ロッテ、1994年、1995年)
クノール 北海道コーンポタージュ(味の素、1995年、1996年)
スーパーカップ、EXヌードル(エースコック、1996年)
劇空間プロ野球(日本テレビ、1997年)
ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち(エニックス、2000年)
ANA(全日空、2001年 - 2003年)
ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君(スクウェア・エニックス、2004年)
自動車保険、トータルアシスト(東京海上日動火災保険、2004年、2005年)
1回限りの90秒CMが話題に(2005年にテレビ朝日で中継されたサッカー 日本×北朝鮮で放映された)。
芝浦アイランド(三井不動産、2005年、2006年)※関東地方限定
ホットペッパー(リクルート、2006年、2007年)
香取が、小学生の頃の『あぶない少年III』から2005年のコンサート映像までの中から抜粋した映像に、山崎隆明がアテレコしたもの。
ポカリスエット(大塚製薬、2007年 -)
NTT(NTT、1995年 - 1999年、NTT東日本、1999年 - 2009年)
2005年以降は、フレッツ光などインターネット関連のCMのみ。以前は、企業CMやキャンペーン商品などのCMも、SMAPが務めていた。
1997年岩井俊二演出の「夏が来る。君が変わる。」、2000年中島哲也演出のSMAP扮するガッチャマン、2005年『8マン』の主題歌「エイトマン」(替え歌)や2007年「旅立ちの日に」などCM中に歌った歌、と何かと話題になる。
フレッツ光(NTT東日本、2006年 -)※東日本限定だが、西日本地域でもBSデジタル放送、特にBS-iで視聴可能
ドラゴンクエストIX 星空の守り人(スクウェア・エニックス、2009年)
握手会 [編集]
西武園ゆうえんち(1991年9月9日)
こどもの国(1992年4月4日)
横浜アリーナこの握手会では、通常17000人収容の横浜アリーナだが50000人を収容した。これについて当時のSMAPのメンバーは「正直こんなにお客さんが来てくれるなんて予想外でした」や「握手する手が震えていた」などのコメントをしている。(1993年9月15日)
スケートボーイズ (前身) [編集]
スケートボーイズは、ジャニーズ事務所所属のアイドルグループ。1987年の秋に結成。 SMAPの前身として知られ、光GENJIの『ガラスの十代』のバックでスケボーをやるグループとして初登場。
「Diamondハリケーン」でもバックダンスグループとして、中居・木村・佐藤敬・他2名で登場。この時はGENJIの赤坂&佐藤敦啓が年齢制限で夜の歌番組にTV出演できなかったため、木村拓哉と佐藤敬が替わりにマイクを握った。
1988年4月、各アイドル誌にて、主要メンバー12名で正式に初お披露目。 だが、誌面で紹介される機会のなかったメンバーも数名居り、延べ20名近くのメンバーが参加している。
メンバー [編集]
後のSMAP
中居正広 当時15歳
木村拓哉 当時15歳
稲垣吾郎 当時14歳
森且行 当時14歳
草剛 当時13歳
香取慎吾 当時10歳
後のTOKIO
国分太一 (後期に参加)
後の平家派
松原一平(初期に参加。元「GENJI」候補メンバー)
野口隆史(反町隆史)…当時は本名の野口隆史で在籍し、光GENJIのバックダンサーを務めていた。
松元治郎(和久二郎)
岩佐克次
岡田賢一郎
佐藤敬
石川徹
長谷川文高 (後期に参加)
佐藤功 (後期に参加)
寺山幸治
その他の参加者
東昌孝 (初期に参加)
他数名…
備考 [編集]
主要メンバー12人(国分太一はまだメンバーに加わっていない)が揃った写真は少ない。なお、「トンボ学生服」の販売促進用として作られた下敷きでは、上半分が脱退組(森且行も含む)、下半分が現在のSMAPと言う、因縁を感じさせる構図となっている。
SMAPが結成後された後も、しばらくは並行してスケートボーイズが存在したが、数か月後に自然消滅した。 漏れたメンバーのほとんどは、後に「平家派」というグループで活動。しかしそれも1990年初頭に消滅した。現在では、TOKIOのメンバーとなった国分太一を除き全員がジャニーズ事務所を退所。但し、芸能活動という意味では、現在も俳優・歌手として活動中の野口隆史(反町隆史…退所後改名。現在に至る)以外にも、松元治郎は、その後和久二郎と改名し、WANDSの第3期ボーカリストを務めていた。
関連項目 [編集]
ジャニーズ事務所
音松くん
スマシプ
姫ちゃんのリボン - 「笑顔のゲンキ」等初期のSMAPの曲が使われたアニメ。アニメ版では草剛が支倉役の声優として出演。アニメ版では物語上、13、14話に6人時代のSMAPで出演した。ただし、セリフがあるのは草剛のみで、その他の5人にセリフは無い。
赤ずきんチャチャ - 「君色思い」が使われたアニメ。アニメ版には香取が声優として出演(声優デビュー作である)。
Smappies - アルバムのバックバンドメンバーによるユニット。インストゥルメンタル・アルバムを2枚リリースしている。
[ 2008/11/26 17:36 ] wikipedia | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
この記事のトラックバック URL

プロフィール
Cana
Name⇒Cana
ニートというかプー太郎というか… 基本的にメインのお仕事は自宅警備ですwww
検索フォーム
カレンダー
04 | 2024/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
フリーエリア

フリーエリア